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中田英寿に関して

今日は中田英寿に関して書こうと考え、7割がた書いたところで突然、今まで書いた文章が消えてしまいました。なんと言うことだ!!
仕方がないので、もう一度気を取り直して書くことにしました。何を書いていたのか忘れてしまいました。

私は若者の部類には到底入りませんが、サッカーには結構うるさいのです。理由があるのです。私の生まれ育ったところが、中田英寿が高校でサッカーをしていた、韮崎市内であったからです。何を隠そう私は彼の高校の先輩であるからです。クールな彼にとって、私には何の関係のないことであると、彼は言うでしょう。そのことはさて置き、この高校がなぜサッカーを取り入れるようになったのか、これは結構面白い話です。

この高校のある場所は、山梨県の北部に位置しています。今でも過去でも変わりませんが、夏はそこそこ標高が高く涼しいが、冬はとにかく雪は殆ど降ることはないのだが、北にそびえる八ヶ岳連峰から吹いてくる北風に乗って、砂埃と一緒に寒さを抱いてやって来るのです。そんな校庭で冬場に出来るスポーツといえば常に走り回っていなければいけないスポーツです。50年以上前のある校長が、これでは普通のスポーツなど出来ないと考え、このこの高校の校技は、サッカーにしようと考えたようである。

そのような訳で校技がサッカーになり、必然的に我々すべての生徒は、冬場にはサッカーを楽しむ様になりました。これである程度このスポーツを、我々の年代にしては早くから、好きになれたという訳です。このような訳で、サッカーがプロスポーツとして認められる以前から、好きなスポーツになった訳です。

中田英寿は今頃、世界のどこを旅しているのでしょう。私も25歳の時にヨーロッパを半年間旅したことを思い出しました。建築とは何か、何が出来るのか、そんな思いで旅をしていました。
そのことはさて置き、頭脳明晰な彼はなぜ韮崎高校を選んだのでしょう。山梨県には彼の住んで居た甲府市内に、甲府一校という優秀な高校があるからです。その中で韮崎高校を選んだ理由を憶測すると、彼は自身の人生のズーット先を見ていたからでしょう。単に勉学をとるか?それともサッカーを通して何かを得るのか?彼は後者を選んだようです。

人生の中で先を見越す事は、簡単そうで難しいことです。まだ彼は人生を全うした訳ではありませんから、なんともいえませんが、キット大きな目標を達成できるでしょう。その理由として、サッカーを始めた頃から、目標を定め。プロになったことを頭に描き、イタリヤでプロとしてやって行くことを頭に描き、高校時代から誰もしていないイタリヤ語を、こっそりと習っていたと聞いています。このように目標を定めて、それに向えることの出来る人だけが、成し得ることが出来るからでしょうか?

この辺が凡人である私には、とてもかなわぬところだと思っています。もう一人、私の知っている方でこのような考え方が出来る人がいます。この方は、既に82歳になられたご老体ですが、先を読む名人といえるでしょう。現在東証一部上場の会社の名誉会長として、悠々自適な生活をしています。常に誰よりも早く先を見越し、人生を見越して来たからだと思えます。この方の話はさて置き、まだ、31歳の中田英寿が、どんな人生を過ごして行くのか楽しみにしています。




  1. 2008/03/26(水) 21:29:30 |
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